ゼロからのコミュニケーション講座

Today's topic コミュ障という「呪い」の解き方


あるスペシャリストから教わりました。

コミュニケーションの達人でした。

(S教授ではなく、今はこの人から学んでいます)

ぼくはちょうどこの頃、

 

闇堕ちしていました。苦笑

 

念願だった結婚もはたし、仕事(研究)の方も順調に業績を出していました。

コンプレックスだった会話も人並みに。

人生の絶頂」ともいえる時期。

 

しかし、心は荒れていた

ちょっとしたことで感情が乱高下し、仕事が手につかなくなることが多かった。

 

家族との確執が原因です。

「蓋をしていた感情」が些細なことで爆発。

毒親家庭に多いのですが、結婚して義理の家族と比較して、問題が表面化します。

「他の家ではこんなに幸せなのか?」と。

(うちはグレーゾーンですが、毒は毒でした)

 

仕事上の人間関係にも問題を抱えていました。

能力が開花したのか、思いのままに研究成果をだせるようになって…

ボスを軽くみはじめました

口に出すことはなかったですが…

態度ににじみ出ていたのでしょう、ボスが怒りだすことが増えた。

 

さらに、学生たちと馴染めなかった

世代の違いもあったのですが…

熱心に関わっても「就職するだけだから」と、心のなかで一線を引いていたのです。

(表面的にはふつう)

 

だから、研究室にいても

「ここは自分の居場所ではない」

という感覚が強くありました。

だから、話しても楽しくないし、出来るだけ早く帰宅していたのです。

講座 Part.2のエピソード)

 

孤独感を埋めるのに必死でした。

強い不安があったのか?

他人と比較して「いかに自分が優れた人間か」を示したくてしょうがありませんでした。

いちいち論破し、アイデアを披露したがりました。

 

自我が肥大

 

していたのです。

コントロールを外れて、感情が暴風雨のように荒れ狂っていました。

大学院生のF君も、おそらく、こんな心境だったのではないでしょうか。

(孤独と自我肥大の悪循環…)

 

マンガでいえば、ヒロアカの主人公(ジャンプ連載)も「闇落ちの時期」があって、それに似ています。

悲願の達成後に意外な落とし穴がまちうけています。

「燃え尽き症候群」や「成功者の転落」によくみられますが、歯車がズレて自意識が過剰になり、調和を欠いた状態になってしまうのです。

 

そんな僕をみかねたのか?

達人がこんな課題を出してくれました。

 

毎朝の掃除!?

 

何のために?

意味不明でした。

「朝、誰も見ていないところで掃除をしろ」と。

しかも、他人のデスクを、です。

(他者の領域をきれいにする)

 

「掃除をするくらいなら、さっさと仕事を始めたい」

こんな気持ちが湧き上がってきました。

(10分くらいなのに。苦笑)

でも、半信半疑で続けていると、ある変化が…

 

これは非常に感覚的で伝わりずらいので、1つのエピソードを紹介します。

 

従兄弟がお地蔵様に
手を合わせていました。

 

ぼくには年上の従兄弟(女性)がいます。

姉のような存在です。

その彼女が、こどもを散歩させる道にあるお地蔵様に、毎回、信心深く手を合わせるそうです。

そのような話を母から聞きました。

彼女は無宗派のはずですが、「こういう一面があるんだ」とその時は何気なく思っただけでした。

 

こどもや家族の安泰を願うのか?
それとも(知らないですが)水子供養のためなのか?

理由は分かりませんが、大事なのは彼女が行っていた「祈り」についてです。

ぼくは全く理解できていなかった。

というか、考えたことも、祈ったこともなかった。

 

しかし、本質に気づきました。

 

コミュニケーションは
祈りに似ている。

 

今の時代は「意味」や「効率」を求めすぎています。

サイエンスの権化である研究者は特にそうで、ぼくも多分に漏れず、無意味なことに価値をみれなかった。

「祈り」とはまさに対極。

 

掃除のワークがそれを雄弁に諭してくれました。

周りの人のため」に何かを行う。

それが「祈り」に近い感覚です。

祈ったことが叶うかどうか?

それはどうでもよく、祈ること自体が大事なのです。

 

コミュニケーションも
本質は同じ。

 

相手に投げた言葉が届くかわからない

無視されるかもしれない。

誤解されるかもしれない。

仲良くなっても、仲たがいするかもしれない。

 

でも、信じてみないと始まらない。

相手にゆだねる」しかない。

祈るように、相手を信じるしかないのです。

 

これができないから、怖い。

これができないから、コミュ障。

 

相手も同じ。

あなたを「怖い」と思っているかもしれない。

でも、相手を信じることができたら、違います。

コミュニケーションが始まるのです。

 

「見返りがないなら
何もしない」

 

どこかでこんな気持ちがありませんか?

「相手がしてくれたら、自分もする。
でも、してくれないなら、しない。」

理屈は正しそうですが、これだとジリ貧に。

 

例えば、挨拶です。

「挨拶を返すだけの人」って微妙ですよね?

おそらく好かれてないだろうし、場合によっては孤立もあり得る。

でも、挨拶が爽やかだったら?

挨拶だけで気持ちがいいし、安心できます。

こんな人はコミュニケーションに困らないでしょう。

 

与えよう」とする姿勢は
温かいのです。

 

つまりは、こういうこと。

温かい」から人が寄ってくるし、好かれるのです。

しごく単純な話。

 

逆に、何もしない人は「冷たい」。

挨拶もそうですが、「見て見ぬ振り」をする人たち。

基本的には善良だけど、空気しだいでは態度を一変させる可能性が…

心からの信頼は難しいでしょう。

 

でも、温かい人はホッとします。

どんな時も態度は変わらないし、なによりも平等。

困ったら、気づいてくれる。

そんな安心感があります。

 

与えあうことが
コミュニケーション

 

与えないのは「関わっていない」とすら言えます。

仕事などでだれかと関わるかもしれません。

でも、「仕方なく」ならそれは「表面的」だし、それでは居場所を感じれません。

ひとは「温かみ」を求めている。

あなたも同じはずです。

 

ぼくは孤独の底から這い上がれました。

自分の態度を猛省し変えていくことで、「温かみ」を取り戻せた(と思う)。

人間関係がその後どうなったか?

それは言うまでもないでしょう。

 

 

以上になります。

当時はここまで言語化できませんでしたが、「感覚」だけはつかめました。

もしあなたが今、孤独感に苛まれていたら、ぜひ掃除のワークを試してください。

清々しい気持ちになるし、前向きになれます。

(時間はかからないです。笑)

 

ということで、次回はラスト。

孤独脱出については今日の話で十分ですが、もう1つ上のステージがありました。

コミュニケーションの絶対的不安を払拭する。

そんな「ラストピース」といっても過言ではない原理原則を紹介いたします!

(タイトルは軽めです。笑)

 

『人間関係がイージーになる
魔法のエクササイズ』

ーPart.5の内容ー

  • コミュには「確信」が必要?
  • 新婚生活にせまる不穏な空気
  • このエクササイズ…魔法か?!
  • コミュ障をうみだす【悪種】
  • 毎日の習慣:自信を育てろ!
  • 「温かみ」の完全体得

etc…

 

 

【追伸】

「会話のほうはどうなるの?」

という疑問がそろそろ出るかと思います。笑

こちらの話もご用意しておりますが…

 

まずはコミュニケーションの土台づくりが先決。

挨拶がない相手と話さないように、人間関係がちゃんとしてない相手との会話はハードモード。

それよりもしっかり「関係性」をつくれれば、それこそ会話はイージーになる。

同じ会話力でも、結果が圧倒的に違うでしょう!

(会話力は後から落ち着いて経験をつめばよいかと)

 

会話に関しては明後日以降にお知らせいたします。

ではでは。

 


■バックナンバー


【 Writer: 永田耕平 】

コミュ障の生態に精通し、10代〜40代の男女を中心に、職場や学校におけるコミュニケーションの改善を支援。

会話術・処世術をこえる「人間関係構築論」を駆使し、アドバイスを行っている。科学研究でつちかったロジカルな分析を得意とする。

無口に特化したコンテンツも発信しており、超キホン的な悩みにも寄りそえるバックグラウンドを持ちあわせる。

>>>永田耕平プロフィールはこちら<<<